++ 大好きな人〜Secret Date〜 ++
＜１＞
春休みも残りわずかとなったある日、バイトに明け暮れていた桃矢は、ようやく取れた休日を利用して部屋の片付けをしていた。
元々きちんと整頓された部屋なのだが、それでも何処からか不要な物は色々と出てくるもので、それらを全てまとめ『ふうっ』と一息ついた。
「お兄ちゃーん！電話ー！！」
階下から桜の声が聞こえる。
「お兄ちゃーん！雪兎さんから、デ・ン・ワ！！」
更に大きな声で叫ぶ声に「へいへい」と頷きながら、階段を降りていった。
「あっ、今代わりますね」
受話器を渡す桜に、『カイジュウ』と口パクで告げながら、無造作に受話器を耳に近づけた。
その横で、桜が真っ赤な顔をして怒りまくっていたが、そんな事には気にも止めていない。
「もしもし、ゆき？」
『あっ、とーや？ごめんね、忙しかった？』
「いいや、大丈夫だけど・・何だ？」
『あのね、今日の夕方からなんだけど・・時間開いている？』
「ん？開いてるけど」
いきなりの質問に戸惑いながらも、内心は受話器から聞こえる雪兎の声に、胸が躍っていた。
『さっき買い物に行った時に福引で、移動遊園地の【ナイトデーパスポート】のペア券って言うのが当たったんだけど…とーや一緒に行かないかなって』
移動遊園地とは、春休み期間中に駅裏の広い敷地に作られたレジャー施設で、昼間の【ホリデーパスポート】と夕方６時からの【ナイトデーパスポート】に分けられたチケットで入場する事ができる。
「分かった、じゃあ５時半にそっちに行く。早めに夕飯食っておけよ」
『うん！あっ…とーやが出ちゃったら、さくらちゃん一人になっちゃうかな？』
「今日は父さんが食事当番だから大丈夫、それに…『ケルベロス』が居るしな」
桜の横で、フワフワと浮いている小さな縫ぐるみのような姿になっているケルベロスを横目で見て、桃矢は小さく笑った。
『良かった、じゃあ５時半だね。待っているよ。』
明るい声で電話を切った雪兎に、無意識に微笑んでしまっていた桃矢は、慌てていつもの表情に戻して桜の方を向いた。
「・・と言うわけだ。俺は早目に飯くって出掛けるから、父さんが帰って来るまで留守番頼むぞ」
「良いなぁー遊園地！私も行きたいなぁ！」
不服そうな顔をして睨んでくる桜の頭をコツンと小突き、桃矢は機嫌の悪そうな顔を露骨に見せた。
「お前なぁ…この前、香港から遊びに来たとか言って、アイツと行って来ただろ
う！？」
うろたえる桜を横目に見て、桃矢は勝ち誇った顔を見せながら、再度桜に伝えた。
「留守番、頼むな」
「うぅ…はいぃー」
桃矢は、本来滅多な事では桜を一人にする事は無いのだが、今日だけは何故かそんな気持ちにはなれなかった。
理由は判りきっていた。
終業式のあの日以来、バイトに忙しい毎日で、雪兎とゆっくり会う暇も無かったからだ。
（もう直ぐゆきに会える）
そう思うだけで、自然と顔が緩んでしまう。
ちらっと時計を見ると針は一時を示していた。
「まだ時間はあるな。さくら、残りの片付けしてくるから」
「うん、それ終わったらお茶にしようね」
「ああ」
先程の不機嫌さもすっかり消えていた桜に、内心ホッとして、桃矢は階段を上がって行った。
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約束の時間５分前、桃矢は雪兎の家に着き、呼び鈴を押した。
間もなく、馴染みの声といつもの明るい姿が桃矢の目に飛び込んできた。
「とーや、今日はありがとう。」
「んっ、行くか？」
「うんっ」
玄関の施錠を確認すると、雪兎は桃矢と並んで歩き始めた。
「髪…切ったか？」
数日前、同じバイト先で見た時と印象が変わっていたのと妙に目に入ってくる、うなじに目のやり場を無くしながら、愚問な言葉を投げかけた。
「あ、うんっ。昨日切ったんだ・・変？」
「いいや、似合ってる。そういや長くなっていたもんな」
「そうなんだよ、ずっと切るの忘れていて。もう直ぐ始業式だし、いい加減切り揃えようと思ったんだ。とーやも今度切ってあげようか？」
「ああ、頼むよ」
前髪を少し引っ張りながら答えた。
桃矢は散髪代を浮かせる為に雪兎に髪を切り揃えてもらっている。
ひとつ雪兎と接する時間が出来る事に、桃矢の気持ちも膨らんでいた。
そんな気持ちを知ってか知らずか、雪兎はニコニコと笑いながら、目的地までの道を足早に歩いていた。
「とーや！ここ、ここが入場口だって！」
子どものように、はしゃぐ雪兎に目を細めていた桃矢は、何気に回りを見渡して驚愕した。
目に入ってくる人の殆どがカップルで、しかも…甘いムードがそこら中から漂ってくる。
入場ゲートには、ご丁寧に『本日、カップル優待デー。女性の方には薔薇をプレゼント』何て看板がデカデカと立てかけてあった。
「ゆき…コレ、どうやって渡されたんだ」
雪兎の手にしていたチケットを指差して尋ねる。
「え？えっと、『大好きな人と一緒に行って下さいね』って♪」
「はぁーっ」
大きな溜息をひとつついて、苦笑いしながら雪兎を見た。
雪兎は大きな眼鏡の奥から、不思議そうな表情を浮かべている。
それでも、さすがに周囲の色香に気がついたのか、途端に顔を赤らめて下を向いた。
「あ・・とーや、ごめんっ。だって『大好きな人と』って言われたから・・そ、そうだよね普通は・・」
「いいよ、周りは関係無い」
雪兎の頭にポンッと手を置いて、雪兎を見下ろした。
「でも・・」
「ゆきは俺と一緒に来たかったんだろ？」
「うん」
「俺も誘われて嬉しかったから」
「うん」
「じゃ、行くぞ」
多少の照れはあるが、雪兎が『大好きな人』に自分を考えてくれた事が嬉しくて、周りの事などと開き直っていた。
まだ頬を赤くしている雪兎をリードしながら、桃矢は入場口を通過した。
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