| 赤ん坊が目を開けたとき、雪兎はそこにいた。 漆のように黒い赤ん坊の目はこの世の森羅万象を映しているようでもあり、 また、それらの全てを透過しているようでもあった。 秋が過ぎ、冬が押し寄せてくる。 赤ん坊や冬支度で慌しくなった館の中で 雪兎と桃矢は不思議にそこに溶け込んで存在していた。 今夜、空に月は無い。 月が生まれる晩だからだ。 冬の支度はすべて整った。 冬を迎える、祝宴がはじまる。 かがり火が焚かれ、つらい冬の日々が始まる前の馳走が並べられた。 楽師達は音楽をかなで、人々の笑い声と踊りの輪は広がっていく。 「食欲、もどったみてーだな」 老人からバタープディングを受け取ってほおばる雪兎を見つけて桃矢が言う。 「こ、これでも遠慮してるんだよ！」 桃矢は明るく笑ってそれには答えず、雪兎の髪の毛をかき回したが、 赤ん坊を抱いた女主人がこちらへやってくるのを見てふと真顔になった。 「今夜、道が開きます。道はあなたの中に開く。」 そう雪兎に言い残して、女主人は去った。 「どういう事？桃矢。」 「帰る時間ってことさ。おいで」 「え・・・？うん」 踊りの輪を抜け出して、 雪兎と桃矢は森の中へ入った。 葉のすっかり落ちた木々の間に、きらめく満天の星が見える。 輪状に並べられた石の遺跡。 「ここは、ラース・・・。帰るにふさわしい場所だろうな。」 「で・・・どうするの？」 「どうって・・・具体的には・・・。」桃矢の視線がしばし、宙をさまよった。 「・・・？」 「・・・そうだな。こういう事は順番通りいかなきゃなんねーのかな」 「順番通り？」 「まずは・・・」 桃矢は雪兎の前に跪いて、手をとる。 「・・・ゆき、結婚してください。」 |
| 「これはすでに開かれた魔方陣を閉じる儀式なんだ。 同時に道をつくって、月城さん達を召喚する。 ユエは本当はさくら、お前が召喚できるはずなんだが・・・、ユエだけ召喚しても、 兄・・・上が取り残されてしまう。 で、一度始まった魔法を手順通り終わらせることで、 二人を呼び戻す、つまりもとに戻すことができる・・・で、その・・・その・・・」 「その？」 さくらの無邪気な様子に、小狼は咳払いをして、続けた。 「その・・・原始的な魔方陣なんだ。ごく単純でその・・・古代では。・・・えええ」 ちょっとクロウのとも、いわゆる現代の魔法儀式とも違う」 小狼が手のひらに汗を握り、顔を真っ赤にして語ること30分。 小狼は説明を続けているのだが、一向に要領を得ないので、 さくらは首をかしげるばかりだ。 「もおええ、小僧。」 いらだったケルべロスの突っ込みがついに入った。 「キスが必要やと、はよ言わんかい！」 「・・・・！」 「本かしてみ。」 「あっつ！」 ケルベロスは小狼から本をひったくると、しばらくじっと見つめて、 「やっぱりそうや。ほんまはそれ以上のことのほうが効果あるけど。 それはお子様には無理ってもんや。」 「ほええ。そうなの？」 「そやろ、小僧」 ケルベロスが顔をあげると、ユデダコ心臓バクバク少年小狼は黙って頷いた。 「形だけでええやろ。ワイングラスとナイフで代わりになる！はよしー！小僧！」 代用できるのですか・・・残念ですわ。 と分かってないさくらよそに、知世は心でつぶやいた。 |
| 桃矢の口付けは、右足から始まった。 そして左足、右膝、左胸、そして雪兎のへその下、柔らかな腹部に。 桃矢の暖かな唇が、雪兎の体を星の形にたどる。 心臓の波打つ左胸、そして右胸に。 誓いますか？ 誓います。 心から。 最後に雪兎と桃矢はぴったりと体をあわせて、深く口付けた。 「ん・・・はぁ。」 長いキスから解放された雪兎が吐息を漏らすと、 桃矢は雪兎の頬をなでながら、聞いた。 「いい…か？」 「そういうことなの？」 「ゆきが怖がらないといいと思ってる・・・けど」 「大丈夫・・・きっと大丈夫だよ。でも・・・」 続きは桃矢の唇にふさがれてしまった。 （でも・・・桃矢は僕のこと、コワクナイ？） （ドンナニカワルカ・・・ワカラナイノニ。） （ニンゲンミタイニ、ソンザイノアンテイシタ､イキモノジャナイノニ) 愛してる｡ 桃矢の暖かさが雪兎の中にはいってくる。 愛してる。 桃矢に抱きしめられてその暖かさに溶けてしまいたいと思った。 雪兎の頬を一筋の涙が伝う。 今、雪兎の中心には螺旋がある。 螺旋の道筋が。 （アノナカニ、ハイッテイイノ？） （ボクハ・・・） 古代より連綿と続く、その道筋が。 本来、雪兎はその中には含まれなかったのかもしれない。 けれど、今雪兎はその螺旋そのものだった。 |
| 銀の螺旋が見える。 桃矢が今その腕に抱いているのは、銀色の魂。 アメジストの瞳。 濡れた宝石に宿る炎が、ゆれた。 「エリオルが受け継いだのは記憶だけだった。桃矢。」 「ユエ・・・」 「魂は・・・私を愛していたあの魂は。時の螺旋を離れて、 はるか彼方のあの岸辺にいる。」 「見えたのか？」 「今なら追っていけるだろう。私の想いは彼を追う。どうしようもなく。」 「さくらはどうなる？雪兎は？お前がいってしまったら・・・」 「クロウがそうしたように、生まれ変わろう。 守護者としての私。 主をさくらと決めた存在である私は雪兎の中でしばし、眠る。 そして再び、 再び、生まれるだろう。 しかしそれは、同じ私ではない。 記憶と力は受け継ぐかもしれないが。」 この想いは。 生まれ変わらない。 クロウがそうしたように。 |
小狼がさくらの掲げたグラスにナイフを差込む。 魔法円は解かれる しかし続く
女神の平穏を我らに よき出会い、よき別れ よき出会いを再び 恵みあれ。 魔法円の中央に置かれた枯葉が舞い上がり、 宙に吸い込まれ、消えた。 「お、お兄ちゃんたちは？上手くいったの？」 さくらが目をぱちくりさせて訊ねると、小狼は低い声で、たぶん、 と答えた。 「でもどこに・・・？」 ＊
沢山の光と賑やかな音楽。 あっけにとられた雪兎と桃矢には、 それが遊園地のパレードだと分かるまでに数分かかった。 中世の騎士や、姫君の扮装をしているもの、 鼓笛隊にイルミネーションで飾られたパレードカー。 「これって・・・友枝遊園地・・・かな？」 「たぶんな・・・つーかそうだろ。ほらあいつ。」 桃矢が指差したのは、友枝遊園地のロゴマークの入った 黄色いスタジャンを着た、若い男だった。 友枝近辺のバイトしまくり組の一人で、高校大学も一緒という 腐れ縁の友人。 「ほんとだ・・・」 「おお、お前らもバイト？うわすっげ、月城、姫役なのか？」 「・・・そう・・・なのかな？」 気の置けない友人の台詞に雪兎が苦笑いする。 ＊
「サンキュ。じゃな。電話代、今度返す。」 桃矢は友人に携帯を返すと、雪兎の座っているベンチにもどった。 「迎えに来るってさ」 「さくらちゃん、大丈夫だった？」 「ふん、あいつがいるから大丈夫なんだろ。 大丈夫どころかなんかすっげー怒ってたぞ」 「余計な事言ったんだろ、どうせ」 軽く憎まれ口をたたいたつもりが、桃矢は意外に真剣な顔で 押し黙っているので、雪兎はうろたえた。 そしてふと思い当たる。 「ね、ユエ・・・さんの事だけどさくらちゃんに、なんて言うの？」 「そうだな・・・ありのまま、言えばいいと思う。 なんだ、そんな顔すんな。」 桃矢はニカっと笑って、雪兎の頬を軽くひっぱった。 「多分、あいつはずっとこうしたかったんだよ。 クロウとともに行きたかったんだ」 「そうだね.でも桃矢、カードには守護者が必要なんでしょう？ だからもう一度生まれるって。」 「うーん、それなんだけどな」 「僕の中から生まれるって言ったよね」 「ううう、だからな.」 「とーや？」 「プロポーズはしたし、あとは、籍いれるだけだろ。」 「ととととーや？！」 あいつを育てるのはやっかいだろうな。 と桃矢は雪兎の耳元で囁いて、 愛しい人の身体をそっと抱きしめた.。 |
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みあママ様、ありがとうございました！！ 私の曖昧なリクエストに、こんな素敵な力作で応えてくださったことに、改めて感謝申し上げます。 お二人のその後がどうなるのか、ベビーユエ様がどんな形で戻ってきてくださるのか、…そして、あちらの岸辺でユエ様とクロウさんはお幸せなのか。様々に気になるところです〜〜。ぜひぜひ、後日談もその辺り中心に詳しく…（笑） 本当にありがとうございました。 enn_mama |