幸せの空間

「今日はバイト無いの？とーや。」
１０月も下旬。大学からの帰り道。
秋晴れの暖かい日でも夕方４時も過ぎれば流石に肌寒くなってくる。
雪兎は肩からかけている鞄でずれた上着の襟を引っ張った。
「ああ、店が改装に入ったからバイトは来週いっぱい休みだ。」
他のバイトはあるけどな、と桃矢はそろそろオレンジ色に染まってきた空を見上げながら答える。

先日から週３回の条件で働き始めた店はイタリアンレストラン。
イベント事が忙しくなるこれからの時期を考えて今のうちに改装に入った。
これからは今までよりもカジュアルなお店になる予定だ。

「そっかあ」
ちょっと笑みを含んだ声に雪兎を見る。
大きめの上着は妙に雪兎を幼く見せていた。
「何だ？」
「ん？あのね、じゃあ今日は家に寄れる？」
「言われなくても行くつもりだったよ。夕飯何がいいんだ？」
うーん、そうだな･･･と考え込む雪兎の姿に自然と口元が緩む。
「やっぱり秋の味覚か････さんまに･･･さつまいも････それから･･･」
桃矢が思いつくままに食材をいうと、その一つ一つにそれもいいね、と反応してくる。
と、その時雪兎が声を上げた。
「あ、あれ見て！とーや！」
その指さした方向を見る。
そこには、見事に色づいた銀杏並木があった。

いつも通る道ではないので気付かなかったが、先週末の冷え込みで一気に黄色になったのだろう。
大きな銀杏の木、そのどれもが真っ黄色で、木が重なり合うとそれは綺麗な黄金色のように見える。その下の歩道にもたくさんの銀杏の葉が落ちていて、
さながら黄色い絨毯を敷き詰めたようになっていた。
「わー、綺麗だー。」
さっきまで考え込んでいた夕飯のメニューのことも忘れ雪兎は並木へと走り出した。
やれやれ･･･と後を追う桃矢。
二人はひときわ大きな木の下にやってきた。

「すごいね。こんなに下に葉が落ちているのにまだ上にもいっぱいだ。」
思いっきり顔を上げて見上げる雪兎が溜息をつく。
「秋の醍醐味だな、まさしく･･･」
同じように上を見上げた桃矢も目を細める。
車もあまり通らないこの道は人の往来も少ない。
そのせいか歩道に落ちている葉っぱも踏み荒らされていなくて綺麗だった。

「綺麗なものが見られたね。」
雪兎が顔を桃矢に向けて微笑んだ瞬間、
ザザザッ･･･と強風が並木を揺らした。
そして時を置かずして頭の上から風に煽られた葉が舞う。
落ちてくる葉を目で追いながら桃矢の視線は雪兎を捉えた。
静かなゆっくりとした動きの中で笑う雪兎を見つめる。
「ゆき････」
そう呟くと同時にその細い肩を引き寄せた。
「とーや･･･？」
桃矢の突然の行為に目を見開きながらも抵抗無くその腕におさまる。
「とーやったら、どうしたの？」
抱き寄せられた腕の中で雪兎は桃矢を見上げた。
幾ら人通りの少ない道でも往来の真ん中で･･･というのは抵抗がある。

「なんでもねえよ･･････」
見上げてくる顔を見つめながらぶっきらぼうに桃矢は答えた。
････綺麗だったから････とは恥ずかしくて言えない。
舞い落ちる葉の中で笑う雪兎がとても美しくて･･･儚そうで。
つい手元に引き寄せてしまった。
「あったかいね･･･とーや。」
くすくす笑いながら、冷えた頬を胸に押しつけてくる様に愛おしさが満ちてくる。
桃矢の手がそっと雪兎の頬に触れる。

「あ、そうだ！」
触れた頬が遠のき、抱き寄せた頭がもぞもぞ動いた。
「な、なんだ？」
いい雰囲気の中、出鼻をくじかれた桃矢が不満そうな声を上げる。
「とーや、茶碗蒸しがいい！」
「はあ？」
色気のない言葉に思わず聞き返す。
「だから、今日の夕飯！僕、茶碗蒸しがいいな。」
さっきまでの儚さは何処へやら････にこにこと大きな目で見つめてくる雪兎が、
今度は子供のようになる。
「････ぎんなん入りか？」
「もちろん！」
桃矢は、はあ～っと溜息をつき雪兎を抱え込んでいた腕を放す。
「じゃ、帰るか！おまえも手伝えよ。」
「うん！」

先だって歩き出した桃矢の後を早足で追いながら
雪兎はもう一度だけ並木を振り返った。
限りなく葉が舞い落ちる空間はまるで黄色いトンネルの様だ。
「ありがとう･･･」
綺麗な風景を･･･
そして温かいひとときを････
雪兎は小さく呟いて走り出した。
イチョウ並木はそれに答えるように枝を揺らしていた････。

２００１・１０・２４
Ｍ・Ｈｉｎａｓｅ

★たくさんの「ありがとう」を込めて、enn_mama様に捧げます。

ああああ～♪　捧げられてしまいました(//▽//;)
素敵な雪兎さん～♪　おっきめの上着～♪
美しい風景の中で、すっぽり桃矢君の腕の中♪
雪兎さんの柔らかな髪が金色に輝く
様が目に浮かぶようです。
日生様、ありがとうございます。

銀杏を見上げる雪兎さんをイメージして
思わずイラストを描いてしまいましたが…（汗）
こちらは、感謝を込めて日生様にお届けいたしました。

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