朔　月 　　　


　　（１）


別れは突然やってきた。

夏祭りに賑わう境内の片隅で、観月歌帆はいとも簡単にさよならを言うのだ。1年前、歌帆の教育実習が終わり、教師と生徒という関係から解放された日に二人の交際は始まった。初めての恋────それも、どこか秘密めいた恋に桃矢は夢中だった。
けれど、それは自分だけだったのだろうか。
と、桃矢は凝然とする。突然、歌帆との年齢差が実感となった。

　「さよならしましょ」
　「なんで…」
　「今度会うときには、とーやには好きな人ができているもの」
　「…できるもんか」

ようやく短く答えて、黙り込んでしまった幼い恋人を、歌帆は愛しそうに見上げた。そうして、そっと伸ばした手で、固い胸の一点に触れた。薄いＴシャツ越しに早い鼓動が伝わってくる。
　「できるわ。ほら…もう、ここに待ってる。」
　「か…ほ…？」
桃矢が息を呑んだ。胸の中に花が開いたかのように光が灯り、歌帆の掌を照らし出す。ほんのりと白く。…いや、銀色に。一瞬で光は消えうせ、気がつくと桃矢の腕から抜け出した歌帆が、小さく手を振っていた。

あまりにもあっけない恋の終わりだった。
呆然と立つ桃矢の表情を、境内の雑踏の中からこっそり振り返って、歌帆は唇を噛んだ。この一ヶ月、そう、桃矢があの光を胸に宿してから、夢中になって留学の準備を進めてきた。そうでもしなければ、とても自分から別れを告げることなど出来なかったのだ。
　「いつか、あなたはその光に出会うわ。
　　…その時、私が傍にいたら…とーや、すごく困るでしょ？」

祭りは終わりを迎えようとしていた。
桃矢の中３の夏も終わる。




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