巣の中で

高地の朝はやはり冷え込む。

背中にすうっと冷気を感じて、俺は目を覚ました。
男二人がくるまるには、すこしばかりサイズが足りない。しかたなく俺はゆきを起こさないように、もぞもぞと体を移動させた。
ゆきの奴、しっかり上掛けの隅っこをつかんでいる。それで、俺は間の抜けたことに布団から背中をはみ出していたんだ。
暖かなゆきの体に擦り寄って、目の前の寝顔を眺める。

なれない長距離運転で、神経が疲れていた上に、夕べは俺もゆきも妙にハイになっていた。

ゆきが俺を迎え入れるのは端正なたたずまいの月城の家だ。畳の上の固綿の布団、完全に照明を落とした闇の中で、俺たちはいつもお互いを抱いていた。その瞬間まで、ひっそりと声を殺す彼との時間は、いつも曖昧な夢のように過ぎてしまう。月の明かりだけが頼りの、ほんの短い逢瀬。再び灯りを灯すときには、ゆきは、パジャマを着込みいつもと変わらない表情に戻って、俺を送り出す。
俺も、ゆきも、それで別に不満はなかった。
…たぶん。…昨日までは。

磁器のように滑らかな肌が俺に触れる。俺の体は頭のてっぺんから足の先まで、野郎そのものだ。朝の目覚めには、固い塊を抱え込んでいる。
だけど、目の前のこいつは一体何でできているんだろう？
白い花を思わせる繊細な面立ち。表情豊かな瞳を閉じていると、まるで出来の良い人形のように見えてしまう。本当に呼吸をし、生きているんだろうか。
自分の手が冷たくない事を確かめて、そっと指先で唇に触れてみる。薄い色の唇が、その刺激にふと開いた。そして…。
…指先から、くすぐったい感覚が電流のように走って、俺は身震いした。
ゆきの唇が小さく閉じ、俺の指先を軽く吸ったのだ。

目が覚めているのかと思ったけれど、そうではない。ゆきは俺の指から、すぐに唇を離し、ため息をついて寝返りを打った。寝顔は、まだ深い眠りの中にある。
誘われたわけではないのに、俺はすっかりやられていた。なんとか、今のうちにこの始末をつけておかないと、仕事にならなくなってしまう。そう思って、そろそろとベッドから抜け出そうとすると、雪兎が小さく何かを呟いた。
何だ？
俺は思わず寝顔を覗き込む。何か夢を見たらしい雪兎が、長い睫毛を震わせて、くくっと笑った。放っておけば、きっとゆきは再び眠りに落ちてゆくはずだ。そう分かっているのに、…もう俺はゆきの傍を離れられなくなっている。
　「何、笑ってんだ？」
ぱっと目を開けたゆきが、はじかれたように振り返って俺を見つめた。

真っ赤になったり、泣き顔になったり、寝起きのゆきの頭の中は、たぶんひっくり返ったおもちゃ箱のようになっているんだろう。
そうさ。ゆき。俺が泣きたいくらいだ。
この非日常の空間で、全ての軛を捨てたお前のしなやかな姿態…。
パジャマなんか着たくねえ。出来るなら、バイトも放り出しちまいたい。
昨夜の俺が、ゆきにとって良かったのか悪かったのか、彼の表情からは良く分からない。もどかしさと愛おしさに、どうにもならなくなっている事を自覚しながら、でも、俺は無理やり体を動かす。

　「今日も一日、庭仕事だからな。
　　さっさとシャワー浴びて、朝飯食っちまおうぜ」

そう、一日の始まりを宣言して…
とっとと一人で、浴室に行きゃあいいのに、俺は裸のゆきを抱き上げる。
普段のゆきなら、こんな風に扱われる事を決して許さないはずだ。拒まれたら、潔く諦めるつもりで顔色を伺うと、見たことのない表情で、ゆきは俺を見上げていた。やがて伸ばされた腕が俺の首に巻きついて、最後まで残っていた分別をいとも簡単に溶かしてゆく。
俺は荒っぽくゆきを抱きしめる。もどかしくて、噛み付きたいくらいだ。

後から、たっぷり働くさ。
だけど、今は…。
腕の中で、しなやかに目覚めるゆきの体を感じながら、俺たちはゆっくりと浴室に向かった。

おわり

言い訳しようもありませんわ～♪
みあママ様、本当にありがとうございました。なんか、ちょっと、お美しい唇にいたずらしてみたかったの～～！
でも、桃矢君、見事に返り討ちにあっております（笑）

で、書きながらこの雪兎さんが、表の雪兎さんであると、さらに認識を強くしてしまった私です~~~(//▽//;)~~~~

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