接 吻
東向きの窓が明るい。
カーテンの隙間から見える空が、浅い藍染めのように明るく染まって見える。
桃矢はフローリングに敷いた布団の中で、ゆっくりと伸びをした。マット無しなのでさすがに布団が固い。枕が違うせいか、少し首が痛かった。まだ、覚めきっていない体のあちらこちらを、ゆっくり動かしながら寝返りをうつと、自分のベッドの中で眠る雪兎が目に入った。
試験勉強で遅くなって、そのまま泊まることになった雪兎は、桃矢の大きめのＴシャツを着て静かな寝息を立てている。
枕もとに灯りがついたままだった。
ゆうべ、桃矢が布団にもぐりこんだ時に雪兎はベッドランプの明かりで、薄い文庫本を読んでいた。そのまま眠ってしまったのだろう。まだ、薄暗い部屋の中でぼんやりとしたランプの明かりが雪兎の顔に柔らかな影を落としている。
…めがね、かけっぱなしじゃねえか。
雪兎を起こさないように、そうっと布団を抜け出すと、桃矢は枕もとにかがみこんで静かにメガネをはずした。
メガネが落とす影がなくなって、雪兎の白い顔に端正な影が刻まれる。細い鼻柱にわずかにメガネの跡が残っている。
桃矢は、ベッドに体重をかけないように気をつけながら、そのめがねの跡に唇を触れてみる。
雪兎は目を覚まさない。
けれど、長い睫毛がわずかに震えて桃矢の頬をくすぐった。
…起きるなよ。
睫毛の震えがおさまるのを確かめて、今度は唇を合わせてみる。少し乾燥した唇を何度かついばむうちに、雪兎は夢を見たのかもしれない。口元にうっすらと微笑らしきものが現れ、なにかささやいたようだった。
そのささやきが、ほんのわずかだったけれど雪兎の結んだ唇を解く。桃矢にはそれで十分だった。
唇を合わせながら、舌先でその隙間を探ってみる。乾いた唇のその向こうに、しっとりと柔らかな粘膜の感触があった。
雪兎が、少し煩わしそうに顔をそむけた。
桃矢の唇がそれを追う。角度が変わって、驚くほどすんなりと桃矢の舌先が歯列を割った。
…起きるなよ。
桃矢の目は雪兎の閉じられた瞳から離れない。
雪兎は目を覚まさない。
…あきれた奴だよな。俺じゃなかったら、どうする気だ？？？
自分だからこそ、雪兎は目を覚まさない。そう分かっていて、それでも”俺”ではない”誰か”への嫉妬が桃矢を駆り立てる。
深く、深く密着する。
雪兎の赤ん坊のように柔らかな舌を追って、更に桃矢は深くもぐりこむ。浅く不規則な呼吸がかすかなうめきを伴って桃矢の喉から漏れた。
雪兎はひっそりと横たわったまま、唇を桃矢に預けている。
けれど、とじた瞼が暁の光を刷いたようにうっすらと色づいて震えていた。
「起こしちまったか？」
ここまでだった。桃矢はしかたなく唇を離して、恋人の耳元にささやく。雪兎から離れた唇に入り込む空気が冷たい。
「朝ご飯、手伝わなきゃ…」
掠れた声で、そうつぶやいた雪兎は、けれども起き上がる事が出来ない。長い睫毛の陰から、潤んだ瞳で桃矢をにらんで背中を向ける。
「こんな顔、とーやのお父さんに見せられない」
「どんな顔だ？」
低く笑って、桃矢の手は雪兎のうなじを捕まえる。抱き起こして、腕を回し顔を上げさせると、雪兎がわずかに抵抗した。
「おじさん、鋭いんだから…」
「おれは、知れたって構わない」
すっと血の気の引いた顔が桃矢を見上げる。あまりに素直な反応がかわいそうになって、桃矢は雪兎の細い体を包み込んだ。
「すまん。冗談」
「…」
外ですずめが鳴きだした。階下から台所の気配が伝わってくる。藤隆が起き出したらしい。
雪兎は引き剥がすようにして桃矢の胸から身を起こすと、ベッドの上に座りなおした。
「とーや…」
「ん？」
雪兎は細い腕を桃矢の首に巻きつけ、耳元に唇を寄せた。そして…。
「いっ！！ いてっ！！」
いきなり、耳たぶにきつく白い歯を立てられ、桃矢は慌てふためいた。
「何すんだよ、ゆき！」
「お返し」
つんと笑ってベッドからすべりおりた雪兎は、桃矢が耳を押さえて鏡を覗き込んでいる隙に、さっさと着替えを終わらせた。
「ひでえ。歯型ついちまってるぞ」
桃矢が情けない声をあげて振り向いた。
「とうさんにばれるぞ」
雪兎は笑いながら、自分のかばんの中を探り小さなポーチを取り出した。中身を確かめてからふわりと桃矢に投げてよこす。
「差し入れ。
使うといいよ」
開けてみると中身はバンドエイドだった。ごていねいに各種サイズが揃っている。
……やられた。
憮然として顔を上げると、恋人の姿はとっくにない。
「おはようございます！！」
階段を軽く駆け下りる音がして、明るい声が響いた。
おしまい
すんません
お二人の甘いキスを書いて
みたかっただけなの。設定
も展開もなんにもなし。
あるのは雪兎さんの麗しい
唇だけです(^^;)
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超ラブリーなアイコンは
銀花様から拝借しました。
ありがとうございます